もし、よろしければ英語を声に出し繰り返してみて下さい。
December 7, 2025.
2025年12月7日。
Today, I would like to share with you the appeal of the Fukuoka International Marathon, a race sure to excite the whole of Japan.
今日は、日本中を熱狂させるであろう福岡国際マラソンの魅力をお伝えしたいと思います。
First, listen.
まずは、聞いてください。
There is a race in Japan that the world’s top runners have chosen as their “battlefield.”
世界のトップランナーたちが、日本に「戦いの場」として選んだレースがあります。
That is the Fukuoka International Marathon.
それが、福岡国際マラソンです。
Records, history, tradition.
記録、歴史、伝統。
This “special 42.195km” is packed with all of these.
この「特別な42.195km」には、そのすべてが詰まっています。
The Fukuoka International Marathon, which began in 1947, is one of Japan’s most prestigious and traditional races.
1947年に始まった福岡国際マラソンは、日本を代表する伝統あるレースの一つです。
It has attracted many famous runners to date and is attracting attention from around the world as the first runner to complete the race in under 2 hours and 10 minutes.
これまで多くの著名ランナーを魅了し、史上初の2時間10分切りの舞台として、世界中から注目を集めています。
The flat, speed-focused course traverses the city of Fukuoka.
福岡の街を縦断する、フラットでスピード重視のコース。
Athletes battle the wind, exhausting their stamina, and the final stretch back to Ohori Park can decide the outcome in a split second.
選手たちは風と闘い、スタミナを消耗させ、大濠公園に戻る最後の直線で、一瞬の勝負が決まることもあります。
This starting line, where only the most elite runners can stand, carries a powerful message: “Whoever wins here will run the world.”
精鋭ランナーだけが立つことができるこのスタートラインには、「ここで勝った者が世界を走る」という力強いメッセージが込められています。
And this year, what about records? What about victories? What about history?
そして今年も、記録は?勝利は?歴史は?
The “December Showdown” has begun, a time when many new possibilities are born.
様々な可能性が生まれる「12月の決戦」が始まりました。
The marathon is filled with the efforts and stories of people.
マラソンには、人々の努力と物語が詰まっています。
Your step today will surely make a big difference.
今日のあなたの一歩が、きっと大きな違いを生むでしょう。
On cold mornings, warm your body gently with hot soup and root vegetables.
寒い朝には、温かいスープと根菜で、体を優しく温めましょう。
Carrots and potatoes are especially sweet in winter.
冬は特に甘みが増すニンジンやジャガイモがおすすめです。
Eat well and start your day off right.
しっかり食べて、良い一日を始めましょう。
🏃♂️ 福岡国際マラソンの「記録」と「伝説」
福岡国際マラソンは、その長い歴史の中で「世界と戦う」というアイデンティティを確立してきた、世界でも特別なステータスを持つレースです。
🌍 世界陸上遺産 (ヘリテージプラーク) 認定
- 認定: 2020年に世界陸連(ワールドアスレティックス)により、その75年にわたる歴史と、世界の陸上史への貢献が認められ、「世界陸上遺産(ヘリテージプラーク)」に認定されました。
- 意義: これは、世界でもごく限られた歴史的な大会に与えられる称号であり、福岡国際マラソンが世界的な価値を持つレースであることを証明しています。
⏱️ 世界を動かした記録の舞台
- 人類初の「サブテン」(2時間10分切り)達成:
- 1967年大会で、オーストラリアのデレク・クレイトン選手が 2時間9分36秒4 の世界最高記録(当時)をマークし、人類史上初めてフルマラソンで2時間10分の壁を破りました。
- さらに、1981年大会でもロバート・ドキャステラ選手(オーストラリア)が世界記録を更新するなど、福岡は「記録の出やすい高速コース」として世界的に認知されました。
- 日本人初の同時サブテン:
- 1979年大会では、瀬古利彦選手と宗猛選手が同時に2時間10分を切り、これは世界初の快挙でした。この大会は、翌年のオリンピック選考を兼ねた「宗兄弟 vs 瀬古」の激闘としても、日本のマラソン史に残るハイライトです。
👑 名ランナーたちの激闘
- フランク・ショーター(アメリカ): 1971年から4連覇を達成し、日本の陸上界に大きな影響を与えました。
- 日本人トップランナー: 瀬古利彦、宗茂・宗猛兄弟、中山竹通、藤田敦史など、数多くの日本の名ランナーがこの舞台で自己記録を更新し、世界へと羽ばたく切符を掴んできました。藤田敦史選手は2000年大会で、当時の大会記録となる 2時間6分51秒 を打ち立てています。
- 近年: 「公務員ランナー」として注目を集めた川内優輝選手や、2018年に14年ぶりの日本人優勝を果たした服部勇馬選手など、常に日本のマラソン界のトップが競い合う場であり続けています。
🥗 「食」に関連する情報
🥕 冬の根菜とマラソンランナー
- 栄養面: マラソンランナーにとって、根菜類(ニンジン、ジャガイモ、大根など)は、エネルギー源となる炭水化物や、疲労回復を助けるビタミン、免疫力を高めるミネラルを豊富に含む理想的な食材です。
- 温かいスープ: 温かいスープは、内臓から体温を上げ、レース前のコンディション調整や、トレーニング後のリカバリーに非常に有効です。
🍲 福岡の冬の食の魅力
- 福岡はマラソンの舞台であるだけでなく、美味しい食材の宝庫でもあります。寒い時期には、水炊きやもつ鍋といった鍋料理が有名で、これらも体が温まり、栄養価も高い冬の定番料理です。
🥇 伝説のレース 3選
1. 人類初の「サブテン」(2時間10分切り)達成 (1967年)
このレースは、マラソン界における歴史的なマイルストーンとなりました。
- 大会: 第21回(1967年)
- 主役: デレク・クレイトン(Derek Clayton、オーストラリア)
- 記録: 2時間09分36秒4(当時の世界最高記録)
- 伝説:
- フルマラソンで人類史上初めて2時間10分の壁を打ち破り、「サブテン」を達成しました。
- この記録は、当時の陸上界に大きな衝撃を与え、福岡の高速コースとしての名声を世界に確立しました。
- 日本からも佐々木精一郎選手が当時の日本最高記録(2時間11分17秒)をマークし、世界レベルのハイペースな展開となりました。
2. 瀬古 vs 宗兄弟の激闘、Wサブテン (1979年)
モスクワオリンピック代表選考会を兼ねたこのレースは、「三つ巴の戦い」として日本のマラソン史のハイライトです。
- 大会: 第33回(1979年)
- 主役: 瀬古利彦、宗茂、宗猛(宗兄弟)
- 記録:
- 優勝:瀬古利彦 (2時間10分35秒)
- 2位:宗茂 (2時間10分37秒)
- 3位:宗猛 (2時間10分39秒)
- 伝説:
- レースは終盤まで、当時の日本を代表するランナーである瀬古選手と宗兄弟(茂・猛)の三つ巴の競り合いとなり、平和台競技場に入るトラック勝負までもつれ込みました。
- このレースでは、瀬古選手が宗兄弟を振り切り優勝しましたが、翌1980年大会では、瀬古選手が2時間9分45秒で優勝、宗猛選手が2時間9分49秒で2位に入り、2人が同時に2時間10分を切る(Wサブテン)という世界初の快挙を達成しました。この結果は、日本のマラソンが世界に通用するレベルにあることを証明しました。
3. ロス五輪選考会、ラスト100mの駆け引き (1983年)
「イカンガーとの死闘」として語り継がれる、ラスト勝負の象徴的なレースです。
- 大会: 第37回(1983年)
- 主役: 瀬古利彦 vs ジュマ・イカンガー(Juma Ikangaa、タンザニア)
- 伝説:
- ロサンゼルスオリンピック代表選考会を兼ね、世界のトップランナーが集結。
- レースは終盤、瀬古選手と、強敵イカンガー選手の一騎打ちとなりました。
- 40km付近からイカンガー選手が仕掛け、瀬古選手は一時遅れをとりますが、競技場に戻る直前のラスト100mで驚異的なスパート。瀬古選手はイカンガー選手を差し切り、劇的な逆転優勝を果たし、オリンピック代表の座を掴みました。
- 瀬古選手がラスト100mを12秒台という驚異的なスピードで駆け抜けたと言われ、「勝負強さ」の代名詞とされています。
これらのレース以外にも、フランク・ショーター選手(アメリカ)の4連覇(1971年~)、藤田敦史選手が当時の日本最高記録で優勝しアテネ五輪金メダリストを破った2000年大会など、福岡国際マラソンは数多くの名場面を生み出してきました。


